壁蹴りだ 壁蹴りだ 壁蹴りだ
身体がどんなに硬くても
組手がどんなに怖くても
壁蹴りだ 壁蹴りだ 壁蹴りだ
人生がどんなにつらくても
毎日がどんなに空虚でも
壁蹴りだ 壁蹴りだ 壁蹴りだ
たとえ人生が終わっても
たとえこの世が終わっても
それが根となり
幹となり
枝葉となって
道となる
技となり
体となり
心となって
道となる
すげぇ。なんとなくそれっぽい!!(大笑)
……と、超自己満なポエム風のナニカを冒頭に、今日は壁蹴りの有用性を語っていきたいと思います。
壁蹴りというのはテコンドーにおいて、蹴りの大基本です。
絵画でいえばデッサンみたいな、野球や剣道でいえば素振りみたいな・・・蹴りという技術の根幹をなす部分であり、
基本二種(トルリョチャギとヨプチャチルギ)だけでも、テコンドーの複雑な蹴り技の多くのエッセンスを含んでいます。
それらが正確にできればおのずとほかの蹴りもきれいにできるというシロモノとなっとるわけです。
つまり、テコンドーの蹴りがうまくなりたければ、なにがなくとも壁蹴りっちゅーこっちゃ。
壁蹴りの優れてるところは、なんといっても正しいやり方が確立されてるってとこ。
料理にはレシピってあるじゃないですか。
Aという料理の味付けをするのに塩5g、砂糖5gと決まっていたら、
その道30年のベテランシェフが作っても初心者が作っても、同じものができます。
壁蹴りはそれと同じで、レシピがすでに確立されている練習です。
つまり、『正しいやり方さえ覚えれば、世界チャンピオンと同じ質の練習ができる』ってことです。
これほど手軽に、最高レベルの練習を取り入れることができるってすごくないですか?
もっとも、だからといって、世界チャンピオンと同じレベルで蹴れるといえばそうではない。
そこには千里の道を進むかの如き、職人の世界が広がっています。
いくら習ってもすぐにベテランシェフと同じ包丁さばきはできないように、何千何万と繰り返し、
よどみのない蹴りにしていかなければならない。
もし、田川が蹴りを蹴る際に皆さんよりも迷いがないとすれば、それはもう、
皆さんよりもたくさん蹴りを蹴ってるからという理由に外なりません。
間違いなくいっておきますが、私は決して蹴りがうまい方ではありませんでした。
その私が今、皆さんに蹴りを教える基礎ができているのは、
壁蹴りの方法を正しく知って、それを30年繰り返しているからです。
レシピとしての答えは出ているわけですから、常に一番正しい形へと修正しながらできる練習であるというところで、
壁蹴りはとても優秀な練習だと言えます。
で、もう繰り返してますが、壁蹴りをやるに当たり大切なのは、『壁蹴りの方法を、正しく覚えること』です。
さっきのレシピで、砂糖5g、塩5gが正しいのに、砂糖5g重油5?とか入れたら、
シェフと同じ料理はできませんからね。(てか死ぬだろ・・・)
私は壁蹴りを教える時、
「俺が教えたことを、壁蹴りを知らん人に教える時同じ言葉で説明できるくらい、同じ言葉で覚えてください」
と言っています。自分で覚えたつもりになっても、自分で口に出せなければ、それはまだあやふやなままだからです。
助手席に乗っていてもなかなか道を覚えないのと同じ。自分が本気で人に伝える立場になったつもりで、
つまり自分がハンドルを握っているかのように覚えなければ、本当に正確には覚えられないモンです。
正確に方法を覚えれば、例えばうまくできないとしても、どこがまずくてできていないのかが分かる。
そこを工夫して、正解に近づいていくことができます。そしてその正解を繰り返していけば、
世界レベルの自主練ができるってことになります。
一度覚えたらタダですよ?(笑)
道具も必要ないし、畳一畳分のスペースがあればできます。
こんなにコスパに優れる練習もないじゃないですか。
それを……何万回と繰り返すわけです。
ちなみに、個人的には、正解の壁蹴りに、気合はいらないと思っています。
いや、もちろん大事なんだと思うんですが、飽きますって。
先ほども述べた通り、田川はテコンドー歴30年(正確には29年と半年)ですが、
30年間、単純作業に気合は入りません。(笑)
でも、それでいいから数をこなす。
ポイントを押さえ、その部分を大事にしながら、ひたすら数をこなすんです。
それがたとえ一日30回だとしても、一か月で900回、一年で10950回、10年で11万回近く違ってくる。
気合い入れて一週間に一回、100本の壁蹴りをやるのと、毎日惰性だとしても30回やるのとでは、110本の差が出てきます。
毎日やるって、それくらいすごいことなんですよ。
どちらが効果があるか。田川個人的には、ポイントさえ押さえておけば、数をこなす方が身になると考えます。
(この辺は科学的根拠はないですが)
『塵も積もれば山となる』ですよ。
『一つのことができるかどうかは、10年やってから判断しろ』とは、私が言ってることですが、
10年、壁蹴りを正解に近づけてもらったら、テコンドーの技術の結構な部分は解決すると言えます。
ぶっちゃけ、
練習ってどんなものでも、何が一番効果的か・・・という点において、とても判断が難しいものじゃないですか?
どうすればうまくなるか。どうすれば勝てるか。どうすれば強くなるか・・・
なにをやってみても、それが果たして最適解なのかどうかは、分からないモンだと思います。
今やっていることが本当に正しいかを疑いながら疑いながら修練を積んでいくに当たり、
一つ、『確実に間違いがない』と言えるものがあるかないか、ということは、
翻って自分自身の支柱になるのだと思うんですよ。
何かあればそこに帰ってくればいい。
間違いのないそれに勇気を得ながら、どんな逆境に立たされても
『自分のやってきたことは間違いではない。自分は0ではない』と思い直すことができるなら、
何度でも再出発ができるんじゃないかと思うんです。
それって、武道だけですか・・・?
いいえ・・・人生どんなことでも・・・。
テコンドーという”人生”の支柱を作るなら、やっぱり壁蹴りだよなと思うんです。
・・・そんなことを考えながら、冒頭、なんて始めようかなって思ったら、
あんな詩みたいなナニカが浮かんでまいりました。(笑)
いずれにしても、
『石の上にも三年』『千里の道も一歩から』・・・技術というものは我慢強く身につけなければならない。
でも、そうやって長く培ってきたものは、きっと己の支えになるのだと思う。
そういう一年後、十年後のために、今日の壁蹴りを、一本、また一本と繰り返してほしく思います。
人生を刻め 壁蹴りよ!!
・・・・・・
・・・
・・・もはや、わけが分からなくなってきた!!(大笑)。