雑記などのコラムです。
6月雑記(暑い? ・・・・・・無視しろ BY昭和のじーさま)
暑くなってきました。梅雨はどこですかね。

私が今から言うことは時代に逆行することかもしれませんが、昭和生まれのじーさまが何を言い出すのか、
ご清聴いただければ幸いです。

「暑くなると熱中症のリスクが高まるよ。『喉が渇いた』時には水分補給のタイミングとしては遅いんだ。
だからこまめに水分を取りつつ、身体の状態に気を配らなければならないよ。
そもそもむやみに暑いところで運動をしてはいけないよ」

はい。そうなんです。医学的?生理学的?……にはまさしくその通り。

神奈川県内の小中学校だったかな……高校も含めたかは忘れましたが、
体育館の冷房の設置率が22%ほどだそうです。(記事はそれが悩ましいという内容)
私たちの練習している場所には冷房がついていますが、にもかかわらず熱中症警戒アラートが出ると、
利用を取りやめていいというルールがあります。
なんなら愚痴混じりですが、うちの娘の小学校のプールの授業は、
『暑ければ中止、寒ければ中止、雨なら(予報でも)中止、来週林間学校があると(体のコンディションを考えて?)中止』
だそうです。スゴイネ。

危険だ危険だとガイドラインを先に先に設定して、万が一が起こらないように行政側が指導していく。
それを間違ってるとは、もはや令和では言えないんでしょう。
子供たちはそういう行政の態度に幼いころから影響を受け、
『飲み物のない状態では運動をしてはいけない』とか、学んでいくんでしょう。

でもね、ラグビーテコンドーと、五歳からずっとスポーツを続け、曲がりなりにも一流を目指した
昭和のスポ根世代の田川おじーさんは思うわけですよ。
そんなんで、本気で勝てるの?・・・って。

暑くも寒くもない、水分補給もしっかりできて、雨も降ってない風も吹いてない
……そんなあつらえたような好条件など、こと競技の途中、ギリギリの局面では簡単に逸脱します。
その逸脱した条件下でどれほどに集中力とパフォーマンスを保ち、相手に先んじるかというのが、競技の実際です。
暑くて死にそうでも、喉がカラカラで死にそうでも、そこから一歩でも二歩でも相手より上回らなければ勝てない。

そんな時、それらの耐性を持たないのが常識となっている人たちに、どれほどの粘り腰を期待できるでしょうか。
『運動パフォーマンスを維持できないのは体育館に冷房が入ってないせいだ』みたいな考え方を持つ人間が、
どう自分にストイックに向かっていけるんでしょう。


『ガラス細工のように守られ続けて育った 後遺症はリスクとなり(GLAY Cynical)』


私は、リスクヘッジな今の世の中に、大いなる疑問を持っています。
いや、分かるんですよ。そうせざるを得ない世の中になっているのも。
今の人たちは何かがあれば誰かのせいにし過ぎで、自己責任という概念があまりに薄い。
『真夏に運動することを咎めなかった行政が悪い』と突き上げる人種がいるほどに、
行政だってかたくなにならざるを得ないのは分かる。
さらに、行政の言ったことをまたかたくなに堅持しようとする自粛警察みたいな方々が、
これまたしたり顔で社会を律そうとする。……そしてまた、リスクヘッジという名の”無難”が加速していくんです。

ひどいスパイラルですわ。私はそう思っているし、日本の衰退を止められない原因があるとしたら、
こんな流れが不可逆となっている部分が一つなんじゃないかと思うくらいです。

暑さに限らず、格闘技は今、やたら安全性を問われています。
これもまた今言ったような負のスパイラルがリスクヘッジを生んでいるし、
いや、これに関しては主催者側の横暴のケースもあるので十把一絡げにはできないんですが。

でもね……総じて、『絶対に安全な格闘技』ってなんだよ……。

格闘技ですよ格闘技!!もともとは相手を倒しに行ってナンボな世界じゃないですか。
そのために殴る蹴るの暴行を加えるわけです!!安全なはずがあるか!!(真顔)
そこへきての『絶対に安全な格闘技』
・・・これが、
『絶対に腐らない新鮮な刺身』を求めるくらいナンセンスなことだともし気づけないなら、
それはもう令和の虚像に身も心も染まっていると言わざるを得ない。私はそう思いますが。


ともあれ……です。
カシコく、ナントカ学的にも合致した安全ばかりの世界の先に、人間の本当の踏ん張りはない。
逆境に対してどう真剣に向き合うか。もっと言えば、ギリギリの場面でどれほどに無理ができるか。
(それが『望んでないのにやらされる』ことだと問題ですが)
そこにこそ、自分の限界を押し上げる要素があるということを、格闘技をやるんなら知っておくべきだし、
それは例えば『暑さ』に対してだって同じことだと思います。

暑さを知り、暑さに対する耐性をつけ、暑さの中でも少しでも長く集中力を持たせていく。

そういうことを普段から行っていけば、暑いさなかでも人に先んじることができるし、
その暑さが取れる季節になる頃には、暑い中を頑張らなかった人間よりも先んじられるわけです。
(高山トレーニングみたいなものですね)

『暑いからやらない』ではない。
『暑いから普段の50%しか出せない。ならば、その50%の100%を出してやろう』という気持ちが、
集中力を養う事にもつながるし、結局普段の生活にも役立つ要素になるんじゃないかと思うんです。
そしてこれは『暑さ』でしたが、この『』に当てはまる言葉があるならば、なんでも言えるんじゃないかと。

逆境がある時こそ、集中力を養える。
逆境がある時こそ、自分の真価が問えるんです。

根拠のない
根性論と、人は言うかもしれない。
歴史に引っかける人は『根性論だけで戦争した結果日本は負けたじゃないか』みたいなことを言う人もいるでしょう。

根性論、だけではだめだ。これは私も思います。その上で、理屈と効率だけでも、駄目なんです。
今の時代はしんどい根性論というものを遠ざけるための言い訳を、理屈でごねているように思います。
実際は、根性も全く不必要なものではない。
だって私たちは、理屈で全然片付かない”人間”なわけですから。


だから、暑いけど、がんばろう。暑さに耐性をつけましょう。
どうせ世界はこれからもっと暑くなります。氷河期でも来ない限り。

(なお、それら暑さの限界点とか、個々で違うと思います。
でも、それを自分で設定すると、どうしてもそのハードルを低めに設定しがちになります。
だから、的確に状態と様子を窺える監督者の下で鍛錬を積むことも、スポーツに関しては大切だと思います)

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