雑記などのコラムです。
継続けること
…というのは、一度信じた(決めた)ことを続ける、ということです。
厚木道場を開いてそろそろ6年がたちますが、
一つのことを継続していくことの難しさと重みを切に感じる昨今、
これは実はものすごく大切なことなのではないかと思い、今日は筆を進めています。

とかく、人間と言うのは飽きっぽいものです。
映画には「5分の法則」…いえ、そんな呼び名はありませんが
というものがあるそうで、5分に一度、客の気をひいていくシーンを
入れないと飽きが始まるらしいです。
ちなみにテレビは、同じ現象が2分で起こるそうです。
なんとなく見始めた人は2分たってもつまらなかったら
チャンネルを変えるって事でしょうかね。
まぁそれは人それぞれなんでしょうが、とにかく一方では
そんな法則が言われてしまうほど飽きっぽい人間が、
一つのことを続ける(続けきる)と言うのは大変なことなのだと思います。

やはりテコンドーで話を進めます。
テコンドーにおいて、なにが一番難しいって、
パンデトルリョチャギをうまく撃つことよりも、試合の駆け引きに熟達することよりも、
辞めずに続けていくことではないでしょうか。
先に断っておきますが、テコンドーを辞めて欲しくないがために
言っているわけじゃありません。別にテコンドーでなくてもいいんですよ。
一つ、自分が一生懸命になろうと思ったことを最後まで続けていくこと。
それが、その種目(スポーツに限らず)で、うまくなることよりも大切な、
自分に対する「重み」や「説得力」みたいなものを
培ってゆくのに必要なものなのではないかと思います。

生きてくなかで、追いつめられる状況になることって、必ずあるでしょう。
追いつめられてどうしようもない時、ふと後ろを振り返ってみたとして、
「俺にはずっと続けて来たことがある」と思える自分がいるのと、
「なにやってもつづかねーで、遊びみてーにちょこちょこやってだけだったな」
と思う自分しかいないのとで、どれほどの違いができるかは、各人で想像して下さい。

強くなることが、自分に対する自信を培うものならば、
「継続ける(つづける)」ことは、自分に対する心の拠り所(支柱)を作るものと考えて下さい。
さっきも言った通り、それはテコンドーでなくても構いませんよ。
でも、何を選ぶにしても、続けると言うのは楽しいことばかりではありません。

私はきっと、こんなことをしゃべれるほどの「重み」や「説得力」はまだ持ち合わせていません。
でも、色々と痛い思いをしてテコンドーをしている道場生達へ、
何かの励みになれればと思い、今の自分が、経験もふまえて考ええることを書いてみました。
まぁ…ですね。このコラムに限らず、私はこのホームページのコラムのような生き方をしています。
信用ならない人は、それで私にその重みと説得力がついたら、
その時に「あ、まちがいなさそうだ」と納得してみて下さい(笑)。
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