雑記などのコラムです。
2月雑記(生き急げ)
何だこのタイトル…(笑)

命短し恋せよ乙女にしようと思ったんですが、それこそ訳わからないので(笑)
こんな感じのタイトルにしてみました。
内容はもちろんテコンドーについてです。

本来、武道というものは、生涯を通じて自己修養をしていくためのものだと私は思っているので、
何歳から、どんな境遇からはじめてもよく、「生き急げ」はそういう切り口で言えば
思い切り不適切な表現だと思います。

人と比べるものではなく、今日の自分より明日の自分が強くあること、
それを求めつづけることが武道の本懐であるなら、今日明日をあせる必要はまったくないし、
このような考え方を持っている方は以後の文章、まったく読む必要がありません。
目が疲れてドライアイになって医者に駆け込む前に、目を休めつつ壁蹴りでもしてください(笑)。

実際はほとんどの方、テコンドーも競技や趣味の一つとして捉えられているのが現実でしょう。
飽きれば、別のことが忙しくなれば、自分の成長が頭打ちになれば、
気持ちが離れていくことを武道の概念から「けしからん」というのは、
時代遅れというか、現代の社会に則さないと思います。

それならばいっそのこと言ってしまいたい。「生き急げ」

情熱には賞味期限があります。自分を取り巻く環境は3年あれば変わります。
今と同じ精神状態と生活が「永遠だ」と思うことが、とにかく間違いです。

ならば決して長くないであろうテコンドーとの接点で、「生き急いで」ほしい。

今、「やる気のある今」「やることができてる今」が、すべてのやり時だと思ってください。
何かをやりたいと思ったとき、「やりたいけど自信がない」と思ったとします。
やれる自信がついたとき、あなたの境遇や情熱はテコンドーを続けられる状態でないことは、
望む望まないに限らず、往々にしてありえます。

わたしは、そのときにやらなかったことを後悔するよりは、
たとえ実力が足りなくてもやったほうが悔いがないと思うんです。

とはいいつつ、私も含めてとかく人間というものは「今あるこの時間は永遠だ」と思いがちな気がします。
でも怪我したときが一番練習したくなるように(笑)、
だいたい、そういうものの尊さに気づくのは後になってからです。

それでも「今」を大事にできない私たちが、それでもある程度間違いないであろう
この主張をこんなところで垣間見ることによって、何か感じるところがあればいいなと思って、
あえて「私にも十分言えること(笑)」を、えらそうにいってみました。

おそらくはテコンドーを超えていろいろなことにも言えることだと思います。
何かを決断するときの参考になれば幸いです。

(ちなみに兵法とかだと「100%勝てると思う戦しかするな」といわれています。
こんなことを論議はじめるとキリはないと思うんですが、
この差は命を賭ける事柄であるかそうでないか、とか、
そのことに対する捉え方にかかってるのだと思います。
(冒頭述べたとおり、生涯修養だと思えば、急ぐ必要はないわけで)
やりたいことがあるといって犯罪とかしないようにしましょう(大笑))

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