雑記などのコラムです。
1月雑記(派手な練習、地味な練習)
さて、明けまして2022年となりました。
このホームページが2002年に始まったので、このページも20周年ということになりましょうか。
とんでもないですね。てことは、「月一でこのコラムを更新する!」と宣言してから20年、
田川はコラムを書き続けたわけです。ノーベル賞モノですね!(笑)
なんだろう。ノーベル平和賞?

20年やってきても一向にメジャーにならない厚木道場。
ひとえにわたしがテコンドーの指導以外無能であることの表れですが、
ご縁のあった方々に元気を頂きながら、良い雰囲気でテコンドーに接していられることが本当にありがたい。
このまま穴場で、知る人が幸せになれる道場なら、それが一番いいのかもしれない。
ともあれ、今年もよろしくお願いいたします。

というわけで、今日の話題は、また、玄人好み(?)な話になります、が。
みなさん、『ぼのぼの』って漫画、知ってますか?
ラッコのぼのぼのが無人島(人間的な意味で)でほのぼのした生活を送る四コマ漫画です。
今も続いているか、今はどんな漫画になってるかは知らないのですが、
昔はまぁ、かなり哲学的なことを主張する漫画でした。

その中で今日は一つ、文言を借用します。こちら。

『お前は木に登ってみたいの?木に登れるようになりたいの?』

木に登れないラッコがいろいろ(安易な?)提案をしていくうちに、
木登りを教えていたアライグマが言った言葉です。

いや、これって、同じようで全然違うことですよね。少なくとも教える方の立場からしてみると全然違います。
木に登ってみたいだけならハシゴをかけても登れます。でも、自分の身をもって木に登れるようになりたいのなら、
技術や体力、そして努力が必要になってきます。

モノを学びに来る時、そりゃ誰もが『木に登れるようになりたい』から、習いに来るのだと思います。
もちろんこっちだって『木に登れるようになってほしい』という思いでいろいろ提案をするわけです。
でも、その部分の認識には、たまに誤差があったりします。
「木登りができるようになりたければ、木に登っていればよい」と考えがちですが、
本当に木登りができるようになりたければ、必要なのは木に登ることばかりではないということを、
木登りを教える人間は言いたい。

例えば昔、極真空手の道場は入門すると、一年間拳立て(腕立てのようなものです)しかさせなかった・・・らしい。
(もちろんすべての道場がとは限らないと思います)
それは決して新人いびりではなく、
「本当に強くなりたいなら、まずそういう基礎体力が必要なのだ」
という観点から課したものなのだと思います。
毎日木の下からてっぺんを見上げて、幹に手をかけているだけでは登れない。
木に登れるようになるために、まず木に登るための体力を作りましょうねということです。
でも、実際に空手をやりたい人にとって、そういう練習を課したらどういうことになるでしょう。
きっと「早く木の前に立たせてくれ」ということになりますよね。いや、たぶんわたしでもそうです。
その時、『木に登ってみたいの?木に登れるようになりたいの?』という問いが生まれてくるわけです。

木を登ってみて、自分でできる範囲で一生懸命を尽くして、登れたところまでみて、
「あぁ俺の素質はこれくらいだったか」と満足して木から降りるなら、
それはつまり、「木に登ってみたかっただけ」ということ。

本当に木に登れるようになりたいなら、必要な項目はいくつもあります。
そして、木に登れるようになるためには先ほども言った、技術や体力、努力が必要で、
それらを培うのは、ひじょーーに地味な、繰り返し作業の積み重ねとなってきます。

乱暴な分け方をしますが、気持ちよく爽快感のある派手な練習や、新しいことを学ぶことって楽しいんですが、
そういう練習ほどあまり身にならない。
もう知り尽くしていることで、いつまでやってもいつまでもつらい地味なことほど、
いざという時に身体が自然と動く、本物の技術と結びつきます。
てか、『10分でできる護身術!』とかで自分の身が護れるなら人傷沙汰なんて起きませんて。

その時その人に必要なものは何かという部分は個々違うので、
必ずしも前者と後者が反比例するわけではないのですが、さらに乱暴に言えば楽しい練習ほど、
技術向上には遠回りだともいえます。
これは地味な作業を繰り返させてもすぐに実戦形式に結びつける人にも同じことが言える。

まぁすでに木に登れた人がさらに難しい木を目指さずに、下を見下ろして楽しくやる分にはよいと思うのですが、
木への登り方を模索する人たちにとっては、これは肝に銘じる部分だと思います。

また、指導者側にとっては、この派手と地味を練習中にどのように分布させるかを考えるべきで、
いろいろな暦や実力、体力の違うメンバーが混在する練習場で如何に皆が満足できる稽古を
作り出せるかということは、永遠のテーマとなってくるものです。
地味でツマラン練習がいくら身になるといっても、それじゃついてこないですからね。

派手な練習、地味な練習。あなたは木に登ってみたいのか、木に登れるようになりたいのか・・・。
きっついし地味だな・・・と思う練習が降りかかっている間は、「あ、これは愛の鞭なんだな」と(笑)、
思ってがんばっていただければ幸いです。そればかりはやらせませんので。

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