厚木道場は12月に毎年アツテコカップという組手のイベントを行っていました。
しかし、コロナ騒動という珍現象のおかげで、去年、13年続いたイベントは中止を余儀なくされました。
そして今年もその余波は続き、練習にこれない人も多かった中、イベントの打診をしてみましたが、
今年も開催に至りませんでした。
まぁ格闘技というのは生半可な気持ちで殴り合われても怪我をするだけだと思うので、
皆さん身の丈をわきまえた判断だったとは思うんです。
そもそも試合というものは試し合い・・・普段培っている技術や精神を試し合う場所ですから、
「試したいこともない」のに、試合をしたいということもないのかもしれません。
しかしそうやって試したいこともなくなってしまった情熱を取り戻すことの困難を思うと、
このコロナの騒動が完全に収まっても、もう道場は元の形には戻らないんだろうなと思います。
厚木道場が始まって23年が経ちます。旗揚げが8月第4週、活動開始が9月第1週なので
すでに24年目に突入していますが、私の大好きなGLAYの歌の歌詞を借りれば、
眩しくて、優しくて、切なくて、温かい、恋しくて、いとしくて・・・でもそれだけじゃない
苦しかった、悔しかった、悲しかった、若すぎた、その心励まして支え続けてくれたのは・・・何?
といった感じです。いろんなことがありました。
いろんなことがあって今に至るわけですが、思えば23年という長大な年月です。
ずっと同じ・・・はずもないんですよね。
10年前にできたことが今できるとは限らないことも、当たり前とみるべきなのかもしれません。
うちなんてホント、古参が支えてますから、その人たちが目標を見失えば、
数年後には厚木道場だって見る影もなくなってしまうかもしれません。
だけど、木というものはいくら老木となって枯れかけても、その枝先には新しい葉が芽吹いているものです。
古参の人たちが新たな目標を見つけるかもしれないし、新しい人たちが希望になるかもしれない。
今できないことが10年後にできないとも限らない。
道場が10年前のままではいられないように、道場は今のままでもないと思うのです。
こういう言い方は微妙ですが、その鍵になるのは、私自身なんだと思います。
てか、『皆さんにかかってます』みたいなプレッシャーかけるのもおかしな話だ(笑)
ともかく、私がこの篭城戦で、どれくらい飄々としていられるか。
この状況の中で平然と自分のやるべきことを続け、目の光を失わずに、自分をまっとうしていけるか
ってことなんじゃないかなと思うわけです。
私としてはやっぱり今の状況って厳しいなと思ってはいるのですが、
どこにあるか分からない誰かの"可能性"を無にしないためにも、
私は厚木道場で、もう一踏ん張りしたいなと思っています。
アツテコ20年史以降、周年挨拶はしてなかったんですが、
道場に所属している皆様。厚木道場23年をありがとうございます。
いやマジで20年史参照ですが、この道場がテコンドー道場として続いているのは、
それ自体が奇跡なんですよ。本来は私自身がテコンドーという言葉を発することも憚られる状況です。
でも、厚木道場は続いているし、私は間違いなくテコンドーという競技に今も汗を流しています。
奇跡が、23年、継続中です。
・・・これは、皆さんの、おかげです。